高齢者の安全を守る:個別避難計画の作成と家族・地域との連携
導入:高齢者における防災対策の新たな視点
災害が発生した際、すべての人々が安全に避難し、被災生活を送るためには、個々の状況に応じた準備が不可欠です。特に高齢者の皆様は、身体機能の変化、持病の有無、認知機能の変化など、さまざまな特性をお持ちのため、一律の防災対策では十分に対応できない場合があります。当サイトでは、高齢の家族を持つ方々が、もしもの時に備え、具体的な行動に移せるよう、専門的かつ実践的な情報を提供しております。
本記事では、高齢者の皆様とそのご家族が、安心して災害に備えるための「個別避難計画」の重要性と、その具体的な作成方法、さらには家族や地域社会との連携のあり方について詳しくご説明いたします。
個別避難計画とは:災害対策基本法改正の背景
個別避難計画とは、災害発生時に、自力での避難が困難な高齢者や障害をお持ちの方々(要配慮者)が、安全に避難できるよう、その方の状況に合わせた具体的な避難方法や避難経路、支援体制などを事前に定める計画です。
この計画の策定は、2021年の災害対策基本法改正により、市町村に努力義務が課せられました。これは、東日本大震災や熊本地震など、過去の災害において、要配慮者の避難が遅れ、多くの尊い命が失われたという教訓に基づくものです。地域の特性や住民一人ひとりの状況に合わせた、きめ細やかな対策の必要性が高まっていることを示しています。
なぜ高齢者に個別避難計画が必要なのか
高齢者の皆様が災害時に直面する可能性のある課題は多岐にわたります。これらの特性を理解し、事前に対応策を講じることが個別避難計画の核となります。
- 移動能力の低下: 足腰の衰えや関節疾患などにより、素早い避難行動が困難な場合があります。階段の昇降や長距離の移動に介助が必要となることも想定されます。
- 持病や服用薬: 高血圧、糖尿病、心疾患など、多くの持病をお持ちの方がいらっしゃいます。災害時は医療機関の機能が低下する可能性があり、常用薬が途切れることは命に関わる事態を招きかねません。
- 認知機能の変化: 災害時の混乱した状況下で、適切な状況判断や避難行動が難しくなることがあります。避難指示の理解や、見慣れない場所での移動に不安を感じることも考えられます。
- 情報収集の困難さ: 視覚や聴覚の衰え、携帯電話やスマートフォンの操作が不慣れな場合など、災害情報を適切に入手することが難しいことがあります。
- 心理的影響: 災害による不安やストレスは、高齢者の心身に大きな影響を及ぼす可能性があります。慣れない環境での生活は、体調不良や認知症の悪化を招くこともあります。
これらの課題に対し、個別避難計画は、具体的な対策を事前に講じることで、高齢者の皆様の命と健康を守るための有効な手段となります。
個別避難計画の具体的な作成手順
個別避難計画は、家族や支援者と協力し、具体的な状況を想定しながら作成することが重要です。以下の手順を参考にしてください。
1. 現状の把握と情報共有
まず、対象となる高齢者の身体状況、健康状態、生活状況を詳細に把握し、家族や支援者間で情報を共有します。
- 身体状況: 歩行能力、視力、聴力、口腔機能、排泄状況など、日頃の生活で介助が必要な点や困難な点を具体的に記録します。
- 健康状態: 持病の有無、常用薬の種類と量、アレルギー情報、かかりつけ医の連絡先などを整理します。薬については、災害時でも服用できるよう、お薬手帳の携帯や予備薬の準備を検討します。
- 連絡先: 本人、家族、親族、かかりつけ医、ケアマネージャー、近隣の支援者など、緊急時に連絡が取れる関係者の連絡先リストを作成します。
- 特別な配慮: 補聴器の電池、眼鏡、入れ歯、介護用品(おむつ、パットなど)の必要量や入手方法など、日常生活に不可欠な物品を確認します。
2. 避難場所・避難経路の確認
災害の種類や状況に応じた適切な避難場所を特定し、そこまでの安全な経路を確認します。
- 避難場所の選定:
- 自宅が安全であれば「在宅避難」も選択肢の一つです。自宅での避難生活に必要な備蓄品や対策を検討します。
- 指定避難所(小中学校など)までの経路と、その場所での生活環境を確認します。
- 特に配慮が必要な場合は、福祉避難所(特別養護老人ホームなど)の指定状況や利用条件を自治体に確認します。
- 避難経路の確認:
- 自宅から避難場所までの経路を複数確認し、実際に歩いてみます。段差、坂道、交通量の多い場所など、高齢者にとって困難な箇所を洗い出します。
- 夜間や悪天候時を想定し、照明の確保や足元の安全対策も検討します。
- 避難経路の途中で休憩できる場所や、一時的に立ち寄れる安全な場所を把握しておきます。
3. 支援者の特定と役割分担
災害時に高齢者を支援する可能性のある人々と連携し、それぞれの役割を具体的に定めます。
- 家族・親族: 最も身近な支援者として、情報収集、避難誘導、介助、連絡、物資調達などの中心的な役割を担います。
- 近隣住民: 日頃からの顔の見える関係を構築し、声かけや安否確認、初期段階での避難支援を依頼できるか確認します。
- 地域の支援団体: 民生委員、自主防災組織、ボランティア団体など、地域の支援ネットワークと連携します。
- 専門職: ケアマネージャー、訪問介護員、地域包括支援センター職員など、日頃から関わりのある専門職に、個別避難計画の策定や災害時の支援について相談します。
具体的な役割分担を明確にし、誰が、いつ、何を担うのかを共有しておくことで、混乱時の対応がスムーズになります。
4. 災害時の連絡方法の確立
災害時には通信網が途絶する可能性も考慮し、複数の連絡手段を確保し、安否確認の方法を定めます。
- 連絡手段: 携帯電話、固定電話、災害用伝言ダイヤル(171)、災害用伝言板、SNSなど、利用可能な手段をリストアップします。
- 安否確認方法: 離れて暮らす家族や支援者との間で、安否確認のルール(例: 無事を知らせる定型メッセージ、特定の場所にタオルを掲げるなど)を決めておきます。
- 緊急連絡先カード: 氏名、生年月日、血液型、持病、服用薬、アレルギー、緊急連絡先などを記載したカードを常に携帯するよう促します。
5. 準備品の確認
非常持ち出し品や備蓄品は、高齢者の特性に合わせて準備します。
- 非常持ち出し品:
- 常用薬(最低3日〜1週間分)、お薬手帳、健康保険証のコピー
- 補聴器の電池、眼鏡、入れ歯とその洗浄剤
- 持病を伝えるカード(アレルギー情報なども含む)
- 使い慣れた介護用品(おむつ、清拭シートなど)
- 現金(小銭を含む)、通帳のコピー、身分証明書
- ホイッスル、筆記用具、懐中電灯、携帯ラジオ、予備電池
- 備蓄品:
- 水(1人1日3リットル目安)、食料(栄養バランスを考慮し、食べやすいもの)
- 介護用品(日常使いのストックを多めに)
- 簡易トイレ、ウェットティッシュ、消毒液
- 毛布、タオル、着替え
詳細については、当サイトの別の記事「災害時、高齢者が避難所で安心して過ごすために:家族と行う事前準備」もご参照ください。
6. 計画の共有と訓練
作成した個別避難計画は、家族、支援者、地域の関係者全員で共有し、定期的に見直し、訓練を行うことが重要です。
- 情報共有: 計画書を複数作成し、自宅、家族、支援者、かかりつけ医、地域包括支援センターなどに保管します。
- 定期的な見直し: 高齢者の身体状況や生活環境の変化に合わせて、半年に一度など定期的に計画内容を見直します。
- 避難訓練: 実際に避難経路を歩いてみる、支援者と連絡を取り合うなどの訓練を定期的に行い、計画の実効性を確認します。
家族の役割と地域の連携
個別避難計画は、高齢者ご本人だけの問題ではありません。家族が主導し、地域全体で支え合う意識を持つことが不可欠です。
家族の役割
- 計画作成の主導: 高齢者ご本人の意見を尊重しつつ、家族が中心となって計画を策定します。
- 情報収集と調整: 自治体や関係機関からの情報収集を行い、支援者との連絡調整を担います。
- 日常的な声かけと確認: 日頃から高齢者の健康状態や困りごとに関心を持ち、災害時への備えについて定期的に話し合います。
- 見守り体制の強化: 災害時だけでなく、日常からの見守り体制を強化することで、緊急時にも迅速な対応が可能になります。
地域との連携
- 地域の防災訓練への参加: 自治体や自主防災組織が主催する訓練に積極的に参加し、地域の防災力向上に貢献します。
- 近隣住民との顔の見える関係構築: 日頃から近所の方々と挨拶を交わし、困った時には助け合える関係を築いておくことが大切です。
- 自治体や社会福祉協議会との連携: 個別避難計画の作成支援、福祉避難所の情報、地域の支援体制などについて、積極的に相談し、連携を図ります。
相談先の活用
個別避難計画の作成に関して不安や疑問がある場合は、一人で抱え込まず、専門機関に相談してください。
- お住まいの市町村の福祉窓口: 個別避難計画の策定支援や、福祉避難所に関する情報を提供しています。
- 地域包括支援センター: 高齢者の総合相談窓口として、介護保険サービスや地域の支援体制に関する情報提供、調整を行います。
- ケアマネージャー: 介護保険サービスを利用している場合は、ケアマネージャーが計画策定の支援や関係機関との連携をサポートします。
- 消防署: 地域の防災情報や初期消火、救助に関する相談が可能です。
まとめ:命を守るための継続的な取り組み
高齢者の安全を守るための個別避難計画は、一度作成したら終わりではありません。高齢者の皆様の状況は日々変化し、地域の災害リスク情報も更新されるため、定期的な見直しと、家族や地域との継続的な連携が不可欠です。
この計画は、もしもの時に命を守るだけでなく、日頃から防災意識を高め、家族や地域との絆を深めるための貴重な機会でもあります。当サイトが提供する情報が、皆様の安心できる未来を築く一助となれば幸いです。今できることから、一歩ずつ着実に準備を進めてまいりましょう。