災害時、高齢者が避難所で安心して過ごすために:家族と行う事前準備
導入:高齢者にとって避難所生活が抱える特有の課題
大規模な災害が発生した際、自宅での生活が困難になった場合、避難所での共同生活を余儀なくされることがあります。避難所は一時的に安全を確保する場所ですが、多くの人々が同じ空間で生活するため、普段とは異なる環境になります。特に高齢者の方々にとっては、身体的、精神的、社会的な特性から、避難所生活が大きな負担となり、さまざまな困難に直面する可能性が高まります。
移動能力の低下、持病や服用薬の管理、認知機能の変化、聴力や視力の低下など、高齢者の方々が持つ個々の特性は、避難所での生活の質に大きく影響します。また、プライバシーの欠如や慣れない環境でのストレスも、心身の健康を損なう要因となり得ます。
この記事では、高齢の家族を持つ皆様、そして高齢者ご自身が、災害時に避難所で安心して過ごせるよう、事前にどのような準備をすべきか、そして家族としてどのようなサポートができるのかについて、具体的な対策と心構えを詳しく解説いたします。
高齢者が避難所で直面しやすい具体的な課題
高齢者の方々が避難所生活で経験しうる課題は多岐にわたります。事前にこれらの課題を理解することで、より効果的な準備が可能になります。
1. 身体的負担と健康管理の困難さ
- 移動の困難さ: 避難所内での移動、トイレへの移動、配給場所への移動など、段差や混雑した通路が転倒のリスクを高めます。
- 持病の悪化: 環境の変化、ストレス、栄養バランスの偏り、十分な睡眠の欠如などにより、高血圧、糖尿病、心臓病などの持病が悪化する可能性があります。
- 服用薬の不足や管理: 災害により薬局が閉鎖したり、処方薬が手元になかったりすることで、服薬が中断される危険性があります。また、多くの人が集まる場所での薬の管理は、紛失や誤飲のリスクも伴います。
- 感染症のリスク: 人が集まる避難所では、インフルエンザや新型コロナウイルス感染症などの感染症が広がりやすくなります。免疫力の低下した高齢者は、重症化するリスクが高いです。
- 口腔ケアや衛生管理の不足: 十分な水が確保できない場合、歯磨きや入浴が困難になり、口腔衛生や身体の清潔が保ちにくくなります。
2. 精神的負担と認知機能への影響
- 環境の変化によるストレス: 慣れない場所、不特定多数の人々との共同生活、騒音、プライバシーの欠如などが大きなストレスとなり、不眠や不安、食欲不振を引き起こすことがあります。
- 認知機能への影響: 環境の変化は、認知症の方にとって特に大きな混乱を招き、徘徊や興奮といった行動につながることがあります。時間の感覚が失われたり、場所の認識が困難になったりすることもあります。
- 情報不足による不安: 災害の状況や今後の見通しに関する情報が十分に得られないことで、不安や孤立感を深めることがあります。
- 役割の喪失感: 普段の生活で担っていた役割が果たせなくなることで、喪失感や無力感を抱くことがあります。
3. 生活環境の変化への適応の困難さ
- 食事の変化: 栄養バランスが偏りがちな非常食や、普段食べ慣れない食事が提供されることが多く、食欲不振や体調不良につながることがあります。嚥下(えんげ)機能が低下している方には特に注意が必要です。
- 睡眠環境の悪化: 硬い床での就寝、周囲の騒音、室温の管理不足などにより、十分な睡眠がとれないことがあります。
- トイレ環境の問題: 避難所のトイレは数に限りがあり、清潔さや使いやすさに課題がある場合が多く、特に夜間の移動が困難な方や排泄に介助が必要な方にとっては大きな問題となります。
- 入浴・着替えの問題: 入浴ができないことや、着替えの場所が限られることで、身体的な不快感や精神的なストレスが増大します。
高齢者の避難所生活に備える具体的な対策
これらの課題に対処するためには、災害が起きる前の事前の準備と、家族や地域の協力が不可欠です。
1. 避難時の持ち出し品の見直しと準備
高齢者の方に必要な持ち出し品は、一般の防災グッズに加えて、個々の状況に応じた特別な配慮が必要です。
- 医薬品とお薬手帳:
- 最低でも1週間分、できれば2週間分の処方薬を常備してください。
- かかりつけ医や薬剤師に相談し、災害時のための予備薬の準備について確認することも有効です。
- お薬手帳、常用している薬の一覧(薬の名前、量、服用方法、処方医、連絡先などを記載)は必ず準備し、緊急連絡先と一緒に防水袋に入れて持ち出せるようにしてください。
- 持病の症状を緩和するための市販薬(例:胃腸薬、便秘薬、痛み止めなど)も準備しておくと良いでしょう。
- 介護用品:
- 大人用おむつ、ウェットティッシュ、清拭タオル、ポータブルトイレ、介護食(軟らかいもの、嚥下しやすいもの)など、普段使用している介護用品を優先的に準備してください。
- ストロー付きコップや、水分補給用の経口補水液なども役立ちます。
- 補助具:
- 眼鏡、補聴器とその予備電池、入れ歯とその洗浄剤、杖、車椅子などの補助具は、生活の質を保つために不可欠です。予備品があれば準備しておくと安心です。
- 防寒具と衣類:
- 避難所では空調が十分でない場合があります。毛布、カイロ、使い捨てカイロ、厚手の靴下、着脱しやすい防寒具を用意してください。
- 着替えは、体温調節しやすいものや、体を締め付けないゆったりとした衣類を数日分準備すると良いでしょう。
- 個人を識別できるもの:
- 身分証明書(運転免許証、健康保険証のコピーなど)と、氏名、連絡先、持病、アレルギー、服用薬、かかりつけ医、緊急連絡先などを記載した情報カードを準備してください。特に認知症の方の場合、徘徊時の身元確認に役立ちます。
2. 在宅避難の検討と準備
避難所での集団生活が難しい場合、自宅での安全確保と生活維持ができるよう、在宅避難の準備を進めることも重要です。
- 自宅の安全対策:
- 家具の固定、窓ガラスの飛散防止、家屋の耐震化など、自宅の安全対策を徹底してください。
- 避難経路の確保や、家族全員が安全に過ごせるスペース(例:寝室など)を決めておくことも大切です。
- 備蓄品の充実:
- 食料(調理不要でそのまま食べられるもの、高齢者向けのやわらかいもの)、飲料水(1人1日3リットルを目安に7日分以上)、生活用水を確保してください。
- 簡易トイレ、トイレットペーパー、非常用電源、携帯ラジオなども忘れずに準備してください。
- 持病の薬や介護用品も、少なくとも1週間分は備蓄するようにしてください。
3. 心の準備とコミュニケーション
災害発生時に冷静に対応できるよう、家族で話し合い、心の準備をしておくことが大切です。
- 家族会議の実施:
- 災害時の連絡方法、集合場所、安否確認の方法、避難経路、避難先(避難所、親戚宅など)について、家族全員で具体的に話し合い、役割分担を決めておきましょう。
- 高齢者の方の意向や不安に耳を傾け、避難所生活の困難さや、それにどう対応するかを共有することで、いざという時の不安を軽減できます。
- 近隣住民との連携:
- 地域の防災訓練に参加し、近隣住民との顔の見える関係を築くことは、災害時に非常に役立ちます。
- 特に高齢者の方の見守りや支援が必要な場合、地域の助け合いが大きな力となります。
- 避難所情報の確認:
- お住まいの地域の避難所の場所、開設状況、収容人数、バリアフリー対応、福祉避難所の有無について、自治体のウェブサイトや広報誌で確認してください。
- 実際に避難所まで歩いてみることで、経路の危険箇所や所要時間を把握できます。
4. 自治体との連携
- 避難行動要支援者名簿への登録:
- 自力での避難が困難な高齢者の方(要介護認定を受けている方、認知症の方など)は、市区町村が作成する「避難行動要支援者名簿」への登録を検討してください。この名簿は、災害時に地域による安否確認や避難支援に活用されます。
- 個別避難計画の作成:
- 避難行動要支援者名簿に登録された方を対象に、自治体と地域住民が連携して作成する「個別避難計画」の策定を検討してください。これは、災害時に誰が、どのように避難支援を行うかを具体的に定めた計画です。
家族ができるサポートと心構え
家族は、高齢者の防災対策において最も重要な役割を担います。
- 情報収集と伝達:
- 災害発生時には、テレビ、ラジオ、インターネット、防災行政無線などから正確な情報を収集し、高齢者の方に分かりやすく伝えてください。特に聴覚や視覚が不自由な方には、状況を丁寧に説明することが求められます。
- 避難所での生活支援:
- 可能であれば、家族が高齢者の方と一緒に避難所に滞在し、移動の介助、食事や着替えのサポート、トイレへの付き添いなど、具体的な生活支援を行ってください。
- プライバシーの確保や、周囲の騒音からの配慮など、高齢者の方の状況に応じた環境づくりに努めてください。
- 精神的な支え:
- 不安やストレスを感じやすい高齢者の方に対し、寄り添い、話を聞き、安心感を与えることが大切です。普段と同じような声かけや、昔の話をすることで、精神的な安定を促すことができます。
- 地域の防災活動への参加:
- 地域の防災訓練やコミュニティ活動に積極的に参加し、地域全体で高齢者を支える仕組みづくりに貢献してください。
まとめ:事前の備えと家族の連携が安心の鍵
高齢者の避難所生活は、多方面にわたる困難を伴う可能性があり、事前の準備がその負担を大きく軽減します。家族が主体となり、高齢者の方の身体的・精神的特性を深く理解した上で、必要な物資の準備、在宅避難の検討、そして自治体や地域との連携を図ることが極めて重要です。
また、災害発生時には、家族が高齢者の方に寄り添い、情報提供、生活支援、精神的なケアを行うことで、高齢者の方が安心して避難生活を送れるようサポートしてください。日頃からの家族間のコミュニケーションと、地域社会との連携が、高齢者の防災対策の最も確実な土台となります。
行動への促し
この記事で述べた具体的な対策について、ぜひご家族で話し合う機会を設けてください。 * 「高齢者のための持ち出し品チェックリスト」を参考に、必要なものを揃え、定期的に見直しましょう。 * 地域の福祉避難所や個別避難計画について、お住まいの市区町村の窓口に相談してください。 * 近隣の防災訓練に家族で参加し、顔見知りを増やし、地域の助け合いの輪を広げましょう。
今できることから一つずつ始めることが、高齢の家族の安心、そしてご自身の安心につながります。